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【再録】『冬のソナタ』&ヨン様現象を勝手に徹底分析!

· 韓国,ドラマ

【初出:エキサイトブックス 2004年8月】

エキサイトブックスのレビューとして書いた記事ですが、元のサイトでバックナンバーの記事がすでに消去されてしまったので、ここに再録します。

前情報:

『冬のソナタ』の日本での最初の放送は、2003年4月から9月、NHKのBS2で。反響が大きかったため2003年12月に再放送。さらに「地上波で放送してほしい」という視聴者の要望により、2004年4月3日から8月21日までNHK総合テレビで放送された。

 

以下は、地上波での放送の最終回の直前、8月20日頃に公開された記事です。
 
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 とどまるところを知らない『冬のソナタ』&ペ・ヨンジュン人気! NHK地上波での放送もいよいよ最終回だが、このブーム、まだまだ続きそう。『冬ソナ』&ヨン様現象を勝手に徹底分析!
 

1『冬ソナ』にハマッてる自分にビックリ!

8月21日(土)でいよいよ最終回を迎える『冬のソナタ』。しかし、早くも年内にノーカット・韓国語(日本語字幕)版の放送も決まり(これで再々々放送)、ヨン様のCMも続々とオンエアされ、『冬ソナ』旋風は全然おさまりそうにない。中年女性のご多分にもれず、しっかり『冬ソナ』にハマッた筆者が、ここらへんでちょっと冷静になって、この5ヶ月間、私に吹き荒れた『冬ソナ』の嵐を振りかえりこの現象について考えてみました。
 
4月3日、ペ・ヨンジュン初来日。まだ『冬ソナ』感染前だった私は、羽田空港に集まった5000人の女性ファンの映像を見て驚いた。なぜ主役の男性がヨン様と呼ばれ、中高年の女性をこんなに「萌え」させているのかぜんぜんピンときてなかった。友人(私と同じ37歳独身女性)が、『冬ソナ』の番宣写真(雪山で主役の二人が抱き合う写真)を見て、「この坂崎幸之助(アルフィー)にソックリな人の、どこがいいわけー?」と言ったが、まったく同感だった。ああ、私はなんてバカだったのか。自分の目がいかに節穴か、その後、思い知った。ドラマの中で動いているペ・ヨンジュンのカッコいいことと言ったら! スチール写真の坂崎幸之助と、ドラマの中で動いているヨン様とは別人だった。しばらくすると「坂崎幸之助」と言った友人も、見事にハマッっていた。まさに改心、悔い改めてヨン神様に許しを請う私たちだった。それにしても4月3日の時点では、多くがNHK-BS2の放送で見てファンになった人たちで、それでも5000人なんだから、今、ヨン様が来日したら、空港に10万人くらい殺到するんじゃないだろうか。
 
しかし、「まさか、私まで・・・・・・」である。最初は、そんなに話題になっているなら、と軽い気持ちで1回目を見た。で、「ああ、これは結構、好きだわ」と思った。そこにあるには、昔懐かしい少女漫画の世界。高校生のチュンサンもカッコよかった。でもまだその程度。本格的にドボッとハマッたのは、6回目の「忘却」の回だった。深夜帰宅して、録画したのを見始めたところ、気がついたら、そのまま5回繰り返して見ていた。すっかり朝だった。まさに「ハマる」とはこういうことを言うのか。それまで感情を抑えてきたユジンが、酔っ払ってミニョンをチュンサンだと錯覚し(それが正解だったんだけど)、ポロポロと涙をこぼしながら「どうして知らんぷりしてたの?」と訴える場面で始まり、ミニョンのかわりにユジンがケガをして「いったい、この先どうなっちゃうの~?」ってところで終わるのが6回目。もう、次が見たくて見たくてたまらない。即座にamazon.comでDVDセットを注文。届くまでの2日間ずっと心臓がドキドキ、なんてもんじゃなく、心臓がバクバクしていた。いやあ、ほーんと、こんな胸のトキメキは長いあいだ忘れてましたよ。で、届いてからは、もうDVDを見ることしかできない。号泣しながら最終回まで見たら、すかさず1回目に戻って見るのエンドレス・リピート状態。

見たいもののすべてがここにある
 
と思った。自分の中にあるファンタジーを100%満たしてくれるもの。そう、これが見たかったのよー! やっと運命のドラマに巡り会えた!! そんな喜び。37歳の一応は分別のある大人の私としては、これは現実にありえないファンタジーだと、よくわかっている。でも、だからこそいいの。現実離れしてるから、いいんじゃないの。現実では満たされない心を満たしてくれるのが、ファンタジーなんだから。以来、すでにこのDVDの第1~20回を通して50回くらいは繰り返し見てるんじゃないか。でも、ちっとも飽きる気配がない。たぶん一生、飽きないと思う。もう現実の恋愛なんて要りません。こっちのほうがずっといい! 『冬ソナ』のDVDがあれば、一生、幸せに生きていける!
 
韓国語版だとペ・ヨンジュンの魅惑の低音ヴォイスが聴けるので、さらにドラマの魅力倍増だった。あの声で「ユジナァ」(親しみを込めて呼ぶときには、名前の後にアをつけることもわかった)と言われた日にゃあ、もう芯からとろけますわ。ヨン様の「ユジナァ」と、チェ・ジウのちょっと舌足らずな発音の「チュンサガァ」の応酬が耳に心地よく、しだいに「コマウォヨ(ありがとう)」「ミアネヨ(ごめんなさい)」といった頻出単語がどんどん耳に残っていき、「チュンサンとユジンが話している言葉を理解したい!」「オリジナルのシナリオを読みたい!」という思いが募ってきた。『冬ソナ』には、女心に響くロマンチックなセリフが満載なのだ。ユン・ソクホ監督も、ユン・ウンギョンとキム・ウニという女性ふたりの脚本家も、メロドラマとは何たるかをホントによくわかってらっしゃる。
 

で、『「冬のソナタ」で始める韓国語~シナリオ対訳集~』を買って、DVDを見続ける日々。「記憶」「約束」といったドラマの鍵となる言葉は、韓国語も日本語も同じ(発音はちょっと違うけど)。だからセリフを聞いていると「記憶カㇽケ(忘れない)」「約束イッソ(約束がある)」といった言葉が聞き取れるので、よけいにググッとドラマに入ってしまう。その他にも、「継続」「理由」「準備」「時間」とかの漢字2字の言葉に共通のものが多く、「ああ、昔、同じように中国から漢語を輸入した文化なんだなぁ、兄弟みたいな文化なんだなぁ」と、知識としてわかっていたことが、実感としてわかって親近感が湧いてくる。そんな共通点も感じれば、違いも感じる。「正直マレバ(正直に言って)」とか、「チョンマリア(本当?)」といったセリフが多く、ストレートに感情をぶつけ合っていて、「韓国の人にとっては、正直であることが美徳なんだなぁ」ってことを感じる。そこらへんは、本音と建前を使い分け、感情はほのめかす程度にとどめ、婉曲話法の日本人とは違う。でも、だからこそ建前社会に疲れた心には、このストレートさが快感。いや、ほんとに、『冬ソナ』で学ぶ韓国文化ですよ。
 
『冬ソナ』にハマッた人のお決まりコースとして、ユン・ソクホ監督の前作『秋の童話』を見たり、ヨン様の過去の出演作『ホテリアー』『愛の群像』を見たり、それにとどまらず、見られる韓流ドラマはついつい見てしまうようになる。気がつけば、1日のうち、日本語より韓国語を聞いている時間のほうがずっと長いようになり、どんどん韓国語のボキャブラリーが増えていく。ふと我に返ったとき、「何やってんだ? 私は」と愕然とする瞬間があるのも事実・・・・・・。がしかし、そこは学んだばかりのケンチャナヨ精神、ぜんぜん大丈夫じゃなくても「ケンチャナ(大丈夫)!」で済ますスーパー・ポジティブ(というか、アバウトというか)な発想で、都合の悪いことはすぐに忘れるのだった。
 
 

『冬のソナタ』DVD BOX Ⅰ(第1~9話)
 『冬のソナタ』DVD BOX Ⅱ(第10~20話) (バップ)
 日本での放映時、毎回10分ほどカットされていたが、カットされた部分に重要なシーンも多く、ファンの間で話題に。でも、ノーカット版が放映されることになってよかった! ノーカット版もDVDになるのか。嬉しい反面、また出費が・・・・・・。
 
 
●『「冬のソナタ」で始める韓国語~シナリオ対訳集~』(翻訳/安岡明子、キネマ旬報社)
「サラハヌン サラメゲヌン ソロエ マウミ チェイル チョウン チビジャナヨ(愛し合う恋人たちにとっては、お互いの心がいちばん素敵な家だと思います)」といった名セリフの数々がカタカナのルビつきで載っているので、ユジンになった気分でセリフを言えます!
 
●『NHKテレビ アンニョンハシムニカ? ハングル語講座』(日本放送出版協会)
韓国語講座のテキストも『冬ソナ』人気で売り上げ急増。『冬ソナ』のセリフも解説。ときどき見て、文法のお勉強に。
 

2 ペ・ヨンジュンの謎(1)

言うまでもなく、『冬ソナ』のヒットは、ペ・ヨンジュンの魅力なくしてはあり得ない。ペ・ヨンジュンと並んで「韓国四天王」と言われるチャン・ドンゴンでもウォンビン(映画『ブラザーフッド』の二人)でも、イ・ビョンホン(映画『JSA』、ドラマ『オールイン』)でも、あるいは今韓国で一番人気のあるクォン・サンウ(映画『火山高』、ドラマ『天国の階段』)でも、こうまで日本で熱狂的に支持されなかったはず。なぜなら、日本の女性はヨン様みたいな顔が好きなのだ。本人は、自分の顔を「あいまいな顔」とコンプレックスに思っているらしいけれど、だからこそ「あいまいな日本」では美しい顔なんですよ。ユン・ソクホ監督の前作『秋の童話』が東南アジアで大ヒットし、『冬のソナタ』は日本で爆発的にヒットした理由はよ~くわかる。だって、『秋』のソン・ヘギョとウォンビンはふたりとも南方系の顔だし、『冬』のペ・ヨンジュンとチェ・ジウは極東系の顔だもの。その地域の美意識にマッチしたってことですよね。
 
で、ペ・ヨンジュンはその「あいまいな顔」ゆえに、髪形や眼鏡、カメラのアングルなどの諸条件によってぜんぜん違った顔に見える。ファンの私ですら「これはどーか」と思う写真も多い。チャン・ドンゴンやウォンビンはコンスタントに80点をキープするカッコよさだけど、ペ・ヨンジュンの場合、25点のときもあれば、200点という驚異的な高得点も見せてくれる。振り幅が大きい。そこがたまらない。
 
韓国の結婚相談所には、ヨン様に似た人を紹介してほしい、という日本人女性の申し込みが急増しているという(「女性セブン」2004年8月5日号「『ヨン様』探して! 日本女性が殺到する韓流結婚相談所」より)。日本中を探してもキムタクに似た人がめったにいないように、韓国にもヨン様に似た人はそうそういないと思うんですけども。むしろ、ヨン様に似た人は、日本のほうが見つかりやすいのでは? だって松尾貴史(眼鏡装着時)、松尾スズキ(『スキャンダル』のヒゲ、眼鏡ナシの時)のダブル松尾を筆頭に、「うちの会社に、ヨン様に似た人がいるんですよ」というヨン様似情報はよく聞くもの、真偽のほどはさておき。
 
ペ・ヨンジュンを見て思うのは、「宝塚の男役のようにカッコいい」ということ。立ち居振る舞いが美しい。ただお辞儀するだけで、「うわっ、綺麗」とビックリする。お辞儀だけでため息をつかせる男性の俳優さんが、日本にいますでしょうか。「宝塚の男役のようにカッコいい」というのは、男性に対する最高の褒め言葉。宝塚の男役が麗しいのは、女性にとって究極の理想の男性像だから。この世ではありえないものを、厳しい鍛錬によって創り上げ、舞台の上で美しいイメージとして見せてくれる(逆に、お能や歌舞伎で男性が女性を演じるのは、女性が女性を演じるより、男性が女性を演じるほうが、理想の女性を表現できるからですよね)。なのに、ペ・ヨンジュンは、生物的にも男性なのに、宝塚の男役のようにカッコいいのは、なぜか。
 
それは、「器」に徹しているから。あるいは「鏡」というか。みんなのファンタジーを一身に受け止める「器」、ファンタジーを映す「鏡」という、自分の役割に徹しているところがエライ。あの「殺人微笑」もそうだが、女心をとろかす「しぐさ」をよくわかっている。たとえば、ドラマの中で女優さんを抱き締めるとき、ヨン様は必ず、女性の背中ではなく首のすぐ下あたりに手を置く。これ、女性からすると、ものすごくグッとくるんですよね。赤ちゃんを抱くときに首を支えて抱きますが、首のところに手を当てて抱くほうがずっと安定感が出る。女性を抱きしめるときもしかり。いやほんと、ヨン様、よく研究してるなあと感心する。そんなちょっとした「しぐさ」を含め、ディテールまで楽しめるのがヨン様のいいところ。まあしかし、これもヨン様だから「様」になるんであって、他の人がやると「うざい、暑苦しい」となるかもしませんが。
 
ペ・ヨンジュンの演技について、演技がワンパターンだとか、顔の表情にヴァリエーションがないなどと言う人がいるけど、ぜんぜん的はずれ。ヨン様の演技は、「様式美」なんだから。「型」だから、いいんですよ。能面と一緒で、そのほうが見る側はいろんなことを感じとれていいんです。悲しみをこらえた、整った顔からスーッと涙がひと筋こぼれるほうが、ずっと悲しみの感情は伝わってくる。たとえば、『ホテリアー』の7回目、やっと見つけた実父に会った後、車の中で泣くシーンなんて、もう最高! まあこれもヨン様の顔が嫌いな人には、はぁ?って話でしょうが。
 
 
 

3 ペ・ヨンジュンの謎(2)

ユン・ソクホ監督をはじめ、共演者たちもスタッフもみな声を揃えてペ・ヨンジュンのことを「完璧主義者」「自己管理が徹底している」という。監督がオッケーしても、自分が納得できるまで何度も撮り直しを求めるとか。たとえば『冬ソナ』のあの感動のラストシーン、「不可能な家」での再会場面。チュンサンの目にみるみる涙がたまり、ひとすじスーッと頬を伝ってから、ひとこと「ユジナァー」。ああもう、何度見ても素晴らしいシーンだが、あれも何度かのトライで撮れたもの。自分で納得いくような涙が流れずに撮り直し、おかげで飛行機に乗り遅れて、外島からソウルまでバスで帰るはめになって大変だった、という話は、ユン監督のインタビューなどで読んでいたが、そのNGシーンをネットで探して見てみると、本当にヨン様は、「もう一度、もう一度」と再撮を頼んで、そのたびに精神を集中。なんだかすごい気迫があって、そういう姿を見ていると、スターとかカッコいいとかいうよりも、「職人だなぁ」「いい仕事するなぁ」という感動、尊敬の念が湧くのだった。うっとり。
 
『冬ソナ』DVDの特典映像のインタビューでも、「次はもっといい演技をお見せできるように努力します」と真摯に語るペ・ヨンジュン。マジメに努力する人をバカにするような、このすさんだ現代の風潮にあっては、ほんとにヨン様は一服の清涼剤です。そりゃ、オロナミンCのCMだって似合いますとも! 
 
ファンへの接し方も誠実。ヨン様はファンを「家族」と呼び、ものすごくファンを大切にしている。つねに自分の写真を携帯し、ファンからサインを求められたときは、それにサインして渡すとか。昨年11月に行われたソウルでの『ホテリアー』のファン・ミーティングでは、日本から行ったファン900人のために、あらかじめ直筆サインを用意し、しかも900人全員と3時間かけて握手。900人にサインしたことについて、フジテレビの特番で小倉智昭のインタビューにこのように答えている。
 
「せっかく韓国に来てくれているのに、私にとってはお客様ですし、私にできることはサインでした。できる限りのことはしたいと思っています。多くの方に愛されているわけですから、いい演技、いい作品を通して見ていただくこと、一生懸命生きている姿こそがお返しだと思っています。それ以上に何かお礼をしたかったので、ファンの方たちの目を見て話をしました・・・それも恩返しかな・・・と思っています」
 
この人格者ぶり。ファン・サービスというレベルを超えて、「求道者」とか「功徳を積む」という言葉が頭に浮かぶ。実際、ヨン様は、プライベートでボランティア活動も行っているそうだ。ヨン様のヘアメイク担当、チョン・センムルさんによると、
 
「彼は、韓国のマスコミに知られるのをイヤがって、あえて公にしないんですが、孤児院でボランティア活動をしたり、年末には恵まれない人を訪ねる奉仕活動を続けているんですよ」
(『韓国ドラマ缶』村上淳子、マガジンハウス)
 
 ヨン様は敬虔なクリスチャン(カトリック)で、その信仰心からの奉仕活動だと思われるが、この文章を読んで、私の心は「恵まれない人」という部分に大きく反応した。「恵まれない」にも、いろいろある。経済的に恵まれないとか、健康面で恵まれないとか。そうなのだ、ヨン様のあの笑顔は、恋愛や結婚方面で恵まれない女たちに、夢と生きる希望を与える奉仕活動だったのだ。そう考えると、あまりにも献身的なファン・サービスも、少し納得がいく。
 
 なんだかあまりにも聖人君子すぎて人間ばなれしているヨン様だが、「意外に普通なんだ」と思ったのが恋愛でした。もしもヨン様の恋人が、泉ぴん子似の60代とかだったら、ますます「聖人度」「超人度」が上がったのだが、ヨン様の彼女は、若くて(24歳)、美人で(モデルや女優もしている)、お金持ちのお嬢様で(父親は歯科医師で実業家)、才能豊か(ロンドン・フィルム・スクールの修士課程で映画監督の卵)。典型的な才色兼備だ。そこらへんはやっぱりさすがのヨン様も、きわめて普通の男性だったのでした。
 
 

4 『冬ソナ』ヒットの理由(1) 少女マンガの刷り込み

 『冬ソナ』のテーマは「初恋」。脚本家ユン・ウンギョンとキム・ウニの二人が考えたドラマのコピーは「・・・・・・けれど、初恋が再び私を呼んだら、どうすればいいの?」。これはドラマ中にも登場した詩の一節。結論から言うと、この「初恋の人との再会」という設定こそ、こんなにも『冬ソナ』に日本中の中高年女性が萌えた理由だ。
 
 『冬ソナ』のペ・ヨンジュンを見て感じたのは、「岩館真理子先生のマンガに出てくる男の人みたい!」ということだった。眼鏡をかけていない学生服のチュンサンしかり、眼鏡のミニョンさんしかり。『冬ソナ』は、少女マンガ的な要素が極めて強い。『冬ソナ』DVDに収録されたインタビューでユン・ソクホ監督も、ペ・ヨンジュンの魅力を「少女漫画に出てくる理想の王子様みたいな雰囲気がある」と言っている。脚本家たちも、韓国でもヒットした『キャンディ・キャンディ』に、少なからず影響を受けていると語っている。『キャンディ・キャンディ』といえば、私などはまさに小学生の頃、マンガとテレビアニメのダブルでどっぷりハマッた世代(数年前、いがらしゆみこ先生にインタビューさせていただいた際、改めて読み返して号泣しながら、自分がどれだけ『キャンディ・キャンディ』に深く影響されていたのかをあらためて感じた)。漫画の世界にしか生息しないと思っていた「理想の男性」が、この3次元の空間に、生身の肉体を持って存在していることの驚きと感動。昔ハマッた少女漫画の実写版を、30年後の今、テレビで見られるなんて。これでハマらないわけがない。
文芸評論家の斎藤美奈子さんが、これについて明快に書いてらっしゃる。
 
「次々と来日する韓国男優の異常な人気ぶりを見て、ふと思った。もしかして、ここはマンガの国だったの?
 ペ・ヨンジュン、どこがいいんでしょう。『ヨン様』とかって『様』づけにすること自体、薄気味悪い。が、彼が私と同世代のオバサマ方に人気があるのはわからないでもない。ペって昔の少女マンガに出てくる男のコそのものなんですよね。顔も表情もファッションも脚の長さも。たとえばそうだな、陸奥A子あたり。あんな男は七〇年代のマンガの中にしか存在しないと思っていたのに、あら、ここにいたじゃないの、長生きはするものねえ・・・・・・とか、そんな感じ?」
(「婦人公論」2004年7月22日号 「朝鮮半島に住むマンガ的な2人」)
 
そうそう、そんな感じ!! 「生きててよかったー!」ですよ。ヨン様の出現は、まさに「初恋の男性との再会」。少女の頃にマンガの世界で出会った初恋の男性に、オバサンになってテレビの中でふたたび巡り合ったわけで。こうして『冬ソナ』における「初恋の男性と再会」という設定は、ある年齢層以上の日本人女性にとって、単なるドラマの枠を越え、自分の人生に起こったことになってしまった。自分とユジン(チェ・ジウ)の区別がつかない状態(ずうずうしい!)。そりゃ『冬ソナ』にハマって旦那の面倒を見なくなり離婚に至るという、『冬ソナ』離婚だってしますとも。
さらに斎藤さんは、「南のヨン様」に対して「北の将軍様」(金正日)を忘れない。ヨン様が少女マンガの理想の王子様キャラなら、将軍様は、少年マンガの典型的な悪者キャラ。
 
「少年少女時代の刷り込まれた物語の記憶で、私たちは世界を見る癖がついてる気がしてしょうがないのだ。(略)まー、ペとの擬似恋愛くらいならいいですよ。だけど現実の日朝交渉を少年マンガのセンスで考えるのはどうか。(略)物語みたいな展開を期待しちゃだめなんですよ。恋愛も国際関係も」
 
おっしゃる通り。現実とフィクションを混同するのは危険です。でも、フィクションはフィクションだとわかったうえで、「現実の恋愛もやってみたけど、でも、マンガのほうがもっといいわぁー」ってのもアリだと思うんです。だって楽しいんだもん!
 
先日、翻訳家の柴田元幸さんにインタビューさせていただいた際(コチラ)、アメリカと日本の女性作家による文学の違い、そのベースとなる文化の違いについて、次のような興味深い話を聞いた。柴田先生のお話を聞きながら、そっかー、『冬ソナ』ブームは日本で起こるべくして起こったんだなぁ、と思った。
 
「アメリカの現代女性作家による基本的なメッセージは、『男はわかってくれない』。『わかってくれない阿呆な男』と、『わかってもらえない繊細な私』っていう図式がある。これが日本だと、『男はわかってくれる』なんですよ。よしもとばななにしても、ものわかりのいいお兄さんが出てきて、そのお兄さんがやさしく包んでくれることで、救われる気になれるというのがあって。島本理生などを読んでも、『ホントにこんなにいい男の人がいると思ってるのかな』って心配になったり。そういうのはアメリカだと禁じ手なんです。もちろん、どっちが正しいとか偉いとかいう話じゃないですけどね。もともと日本には少女漫画と宝塚がある。レベッカ・ブラウンが日本に来たとき、宝塚を見て『世界のどこにもこんなものはない。すごい』って驚いていた。宝塚の男役は、女性が扮装してるんだから、下半身の脅威がない。そういう宝塚、少女漫画、よしもとばななの『威嚇しない男』のラインって、日本独特かもしれないですね」
 
下半身の脅威のない、女性を守り、優しく包んでくれるお兄さんのような男性。それこそチュンサン/ミニョンだ。『冬ソナ』の中で、チュンサンがユジンに「キミを守ってあげられなくてごめん」という場面がある。愛する女性を守ってこそ男、というのが前提になっているセリフですね。このワールドにはフェミニズムなんて言葉は存在しません。そして、肉体的接触も「手をつなぐ」「おでこにキス」「抱き合う」「髪をなでる」、最大時で「フレンチ・キス」だ。海辺の初夜(とユジンが冗談っぽく言う。「新婚旅行」と訳されてますが、実際には「初夜」と言ってます。だからチュンサンもギクッとした顔をする)ですら、その時点で「血のつながった兄妹」だとチュンサンは思っているので、もちろんプラトニック。まさに、下半身の脅威のない、妹を守り、やさしく包んでくれる、いいお兄さんなんですよね。
 
昔は血縁のあるなしにかかわらず、「愛しい女性」のことを「妹(いも)」と呼んだ。妹背(いもせ。夫婦、愛し合う男女)は、妹(いも)と兄(せ)のこと。なんでもゲームや少年マンガの世界では「妹萌え」というジャンルが盛況だとか。日本限定ってわけでもないでしょうが、兄と妹の関係というのは、なかなか根が深そう。
 
ともあれ、日本の女性たちが潜在的にもっている兄妹願望にも、『冬ソナ』はピッタリだったのかもしれない(でも、男性たちの「妹萌え」と、女性たちの「兄萌え」は、接点がないかもしれないが・・・・・・)。ユン・ソクホ監督も、兄妹の設定が好きらしい。『秋の童話』でも、兄妹だから結婚できないという設定だった(血がつながってないんだから何の問題もないと思うが、兄妹として育った以上ダメ、という発想は、ちょっと日本人にはわかりにくい)。
 
ところが、かの渡辺淳一先生によれば、『冬ソナ』がダメなのは、セックスが描かれてないからだそーだ。
 
「男たちは、若者から年配のおじさんまで、この種の、甘いだけの恋物語は、生理的に苦手。そしてなによりももの足りないのは、セックスが描かれていないことである。(略)性の深い絆が生じてこそ、本当の純愛は成り立つのだが、そこまで描く自信がなかった、というわけか。こうして描かれているのは、いわゆるプラトニックラブだけ。そういうきれいごとで逃げているところが、ドラマを独りよがりで、底の浅いものにしていることは否めない」
(「週刊新潮」2004年8月12、19日号より)
 
さすが、あの『失楽園』の著者だけあります。ぜ~んぜん、わかってませんね。断言しますが、『冬ソナ』が素晴らしいのは、生々しいセックスがないからです。女性が恋人に求めている愛情表現は、セックスじゃない。何が大事かっていうと、きちんと言葉で愛情を伝えくれることですね。ところが、いかんせん日本男児というのは、気持ちを言葉にしませんから、日本の女子は、恒常的に愛の言葉には飢えている。かといって、いきなり情熱的な愛の言葉をささやかれても、ウソ臭く聞こえるし、そんな男性はまず詐欺師だと警戒する。だからこそ、ヨン様のあの低くてソフトな声で「サランハムニダ(愛してます)」と言われると、ストレートな愛の告白でありながら外国語なので霞がかかったように幻想的という、ちょうどいい塩梅なんです。
 
ヨン様ファンの中年女性たちは、あの笑顔を見るたびにどんどん女性フェロモンが分泌されて、更年期障害だって軽くなっているに違いない。ヨン様ファンには60代、70代の高齢者も多いが、老人医療費の削減にも多大な貢献をしてるんじゃないでしょうか。

 

 

5 『冬ソナ』ヒットの理由(2) メロドラマの王道

『冬ソナ』の成功は、音楽の力も大きい。『秋の童話』と比べても、『冬ソナ』は音楽面で格段に素晴らしくなっている。主題歌の「最初から今まで」はどこまでも哀しく切なく、主題歌と並んで人気のある「My Memory」は少し明るい気持ちの場面で。チュンサンがピアノで弾く「初めて」や、初雪デートのバックには「あなただけが」といった名曲の数々が、アレンジを変えたりして繰り返し流れる。情感高まるところに音楽あり。映像美と役者の演技と音楽が合わさって、グググッと胸に迫る。これぞ、メロドラマの王道。
 
で、ちょっと、メロドラマのお勉強を。メロドラマとは、メロディーのあるドラマの意味。18世紀にイタリアとフランスで誕生した、芝居の中に音楽が挿入された大衆演劇。それがイタリアではオペラの一部に、フランス、イギリス、ロシアでは小説として発展した。というのは、すべて四方田犬彦『NHK人間大学 映画はついに100歳になった』(日本放送出版協会)の第11回「メロドラマのすばらしさ」の受け売りです。

四方田さんが、メロドラマの特徴として、大きく3つを挙げているので、それを要約すると、
 
1 メロドラマには、女性の無意識の欲望がいろいろな形をとって表現されているので、自分のもうひとつの人生であるかのように、画面のなかで語られている物語に自分の無意識的な欲望を投影、そして心理的なカタルシスを体験できる。
 
2 ほかの映画のジャンルが、女性を男性の欲望の対象としてしか描いていないのに対して、メロドラマは女性を主人公としている。メロドラマは、氾濫しているように見えて、実は極めて特殊なジャンル。
 
3 ヨーロッパで生まれたメロドラマに相当する大衆演劇は、非ヨーロッパ文化圏にもあり、舶来品としてのメロドラマに、ローカルなテーマやプロットを採用し、その民族や文化の大衆演劇の伝統、また物語、俳優、スタッフ、観客といったものを受け継いでいる。
 
 
とくに私は3つめにハッとした。『冬ソナ』を見て感じるのは、伝統芸能に感じる様式美だったので、メロドラマは伝統芸能の流れにあるもの、というのを読んですごく腑に落ちた。お能や文楽には恋愛がテーマの名作がたくさんありますが、リアルなセックス場面なんて出てきません。秘すれば花。ドロドロしたのを描かないからこそいいんですよね。しょぼいリアリズムを追求したものじゃなく(つまらない日常の縮小再生産なんて見せられても、ますますつまらん)、日常にはありえない美しいものが見たいのだ。そこに音楽は欠かせない。『冬ソナ』は、「メロドラマの普遍的な文法」どおりにつくられているからこそ、国境を越えて愛されてたのでしょう。
 
 

●『NHK人間大学 映画はついに100歳になった』(四方田犬彦、日本放送出版協会)
四方田先生による映画史のレクチャー。勉強になります。大の韓国通である四方田さんの『ソウルの風景』(岩波新書)を読むと、韓国で岩井俊二監督の映画『LOVE LETTER』が大ヒットしたとき、舞台の小樽に旅行するのがブームになったとか。へえ。そして今は日本人が『冬ソナ』の舞台となった春川(チュンチョン)などに押しかけているのだから面白い。

6 ユン・ソクホ監督の謎

「私は個人的に、リアリティよりもファンタジーを優先したいんです。夢やファンタジーがあるドラマを作ろうとしているので、配役を決めるときも現実性より夢を見ているときのような雰囲気を大事にしています。あの二人(筆者注:ペ・ヨンジュンとチェ・ジウ)はそんなイメージをもっていると思います。他の俳優にはない神秘性を備えていますよ」
(『愛してるっ!! 韓国ドラマ』より)
 
と語るユン・ソクホ監督。ファンタジーを追求し、47歳の今も独身。絵づくり、とくに色彩を大事にするユン監督だけあって、ペ・ヨンジュンとチェ・ジウが、雪景色の中で二人並んで歩いているのを見るだけで、「き、綺麗だぁ~!」と泣けてくる。なんなんでしょう、この美しさは。ペ・ヨンジュン180cm、チェ・ジウ174cm、二人とも小顔でスタイル抜群の8頭身。筆者は陶磁器好きでとくに高麗の青磁と李朝の白磁が大好きなのだが、ペ・ヨンジュンとチェ・ジウが並んでいるのを見ると、まさにすごく出来のいい高麗の青磁と李朝の白磁が並んでいるのを見る気がして、うっとりしてしまう。
 
ユン監督はさらにこう語っている。
 
「特に重要だったのは、二人が一緒に立ったときに色合いがピッタリ合うかどうかということでした。何よりも相性が大事ですからね。その点、二人は本当によくマッチするんですよ。現実でもすばらしいカップルのように・・・・・・」
 
『冬ソナ』のキーワードは「チョウム(初めて)」だった。そして、このドラマ、実は舞台裏も「初めて」づくし。まずは、ユン監督にとって『冬ソナ』は、KBS(韓国の国営放送)の社員をやめて独立後「初めて」の作品。そして制作プロダクションであるパン・エンターテインメントも、もともとは音楽プロダクションで、ドラマの制作はこれが「初めて」。初めて制作したドラマをこれだけヒットさせたのだから大したものですね。
 
ユン監督は、脚本や音楽、キャスティング、衣装もすべて自分でコントロールするタイプだそうだ。フリー初の『冬ソナ』で、大胆に新人を起用している。まず、ほとんど経験のない新人脚本家を、アイディアが気に入って採用しているし、主題歌もたくさんのデモテープの中からほとんど無名のRYUを起用。さらに、ペ・ヨンジュンの手の代役としてピアノを演奏したソウル大学音楽学科の学生が、たまたま即興で弾いた曲を気に入り採用するなど(それが「初めて」)、自分のイメージに合えば、新人でもどんどん抜擢。時間をかけて、大勢の意見を取り入れて会議に会議を重ねてつくっていくというよりも、ユン監督が自分の直感、感覚で(もちろん長年の経験があってのことだが)、自分のイメージを具現化したのがわかる。きっと面白いもの、勢いのあるものができるときって、こういう感じなのかもしれない。画面にマイクが映っていようが、プロットがありふれてようが、そんな瑣末なことはどーでもいいんですね。つじつまが合わなくても、荒っぽくても、根本的なことが素晴らしければ。
 

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