【再録】職人芸の粋を凝らした世界最高の車

「ロールス・ロイス シルバーセラフ」

【過去のお仕事発掘シリーズ】『太陽』1998年4月号掲載

 

· 車,rolls-royce

★この原稿は、『太陽』(平凡社)1998年4月号に掲載した記事の再録に、冒頭の説明を加筆したものです。

1998年、ロールス・ロイスのニューモデル「シルバーセラフ」の試乗会のためスコットランドへ、さらにマンチェスター近郊クルーにあるロールス・ロイスの工場を取材しました。媒体は、いまはなき『太陽』(平凡社)。

シルバーセラフの披露パーティは、スコットランド北東の町ウィック近郊の「Ackergill Tower(アッカーギル・タワー)ホテル」で開催されました。

このアッカーギルタワーがとても印象的なホテルでした。シンクレアズ湾に面して建つ16世紀に建造された城砦で、内部を改装して高級ホテルとなっているんですが、外から見た姿は無骨な城砦で、内側に入るとゴージャス。今思えば、『ダウントン・アビー』好きにはたまらない場所だったなと思います。

翌日、海岸沿いの道をドライブしたのも最高にいい気分でした。ロールス・ロイスはショーファードリブンの車なので、もっぱら後部座席でしたが。

以下、『太陽』の記事の再録です。

文:平林享子 写真:伊藤千晴

イギリスが誇る高級車ロールス・ロイスが、今春(1998年)20年ぶりに新モデル「シルバー セラフ」を発表。

伝統と革新の融合から生まれた「光の天使」に乗ってスコットランドの田園風景を駆け抜ける

ロールスロイス

イギリスが誇る高級車ロールス・ロイスが、今春(1998年)20年ぶりに新モデル「シルバー セラフ」を発表。伝統と革新の融合から生まれた「光の天使」に乗ってスコットランドの田園風景を駆け抜ける。

ロールス・ロイスのシルバーセラフ

「パーフェクト!」

ロールス・ロイスの後部座席にゆったり身を沈め、スコットランドの海岸沿いをドライブした感想は、ただもう「完璧」のひとことに尽きた。

約20年ぶりに発表されたニューモデル「シルバーセラフ」の試乗会でのこと。「この世で手に入れられる最高の車」というキャッチフレーズが何の誇張でもないことをつくづく実感したのだった。

伝統的な職人芸の粋を凝らしたクオリティの高さ、エリザベス女王をはじめ英国王室御用達の威厳。しばしば「最高」「完璧」の代名詞としても使われる車を超えた車。

街でロールス・ロイスが走っていると、まわりのどんな車もかすんでしまう。まさに女王としての風格がある。

実際に乗ってみると、ロールス・ロイスの素晴らしさが、五感を通してよくわかる。

「魔法の絨毯」と形容される優雅な乗り心地。静けさ。室内の広さ。そして何よりも、インテリアの美しさに心を奪われてしまった。ウッドパネルの木目の美しいこと。

英国王室御用達コノリー社製のなめらかなレザーを張ったシート、老舗ウィルトン社製カーペットの風合い、それらの調和がつくりだす心地よい空間……。

一度でも、この「本物の豊かさ」を知ってしまったら、ほかのどんなに高級感を演出した車に乗っても、満足できなくなるだろう。

「シルバーセラフ」の「セラフ」とは、セラフィム、最高位の天使のことで、「光、情熱、純潔」の象徴でもある。

丸み、曲線を強調したボディは、もっともロールス・ロイスらしい車種との声が高い往年の名車「シルバークラウド」(1955〜56年)のクラシックな優雅さを復活させたデザインになっている。

一方で、BMWとの3年にわたる共同開発により誕生した最新のV型12気筒エンジンなど、さまざまな「進化」が搭載されている。

「シルバー セラフ」は、いわばロールス・ロイスの「ルネサンス」の結晶なのだ。

パノフスキーはロールス・ロイスをどう評価したか

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ロールス・ロイスのシンボルといえば、威風堂々としたパルテノン型ラジエーター・グリルと、その上に、衣も風になびかせ、翼を広げたようにして立つ「スピリット・オブ・エクスタシー(恍惚の妖精。通称「フライング・レディ」)である。

美術史家のパノフスキーは、「ロールス・ロイスのラジエーターの観念的前史」と題する講演で、イギリス文化と美術について、ユーモアを交えつつ鋭い指摘をしている。

イギリス人は伝統と格式を重んじる半面で進取の気象に富み、合理性を追求しながらロマンティックを好む。そんな二律背反性こそがイギリスであり、その最たる例が、壮麗なラジエーター・グリルの内側に工学技術の傑作を隠すロールス・ロイスなのだ。パルテノン神殿を模したラジエーター・グリルの上に、アール・ヌーヴォー様式の女神が立つさまは、古典主義とロマン主義の相克というイギリス文化の縮図である、といった内容なのだが、フルモデルチェンジしたニューモデルに古典的なデザインを復活させ、「光の天使」と名づける感覚は、まさにパノフスキーが評価するロールスロイスの本領だろう。

ロールス・ロイスの工場を見学

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1904年、マンチェスターの熟練電気工フレデリック・ヘンリー・ロイスは、購入したばかりのフランス車を徹底的に改良した。それに感銘を受けたのが、貴族の子息で自動車ディーラーのチャールズ・スチュワート・ロールス。ここからロールス・ロイスの歴史がはじまった。

イングランド西北部のクルーというのどかな町に、ロールス・ロイスの本社と工場がある。オーナーになる人は、この工場を見学できる。

工場内には、「あらゆることに完璧を求めよ」といった創業者F・H・ロイスの言葉が掲げられてる。職人たちを見れば、ロイスの精神がそのまま受け継がれていることがよくわかる。最高の素材と最高の技術によって最高の車をつくっているのだ、という彼らの誇りこそが、ロールス・ロイスの気品を生んでいるのだろう。

完璧をめざすがゆえに個性や面白みに欠けるようでは、本当の完璧ではない。

つくり手のこだわりが隅々にまであふれ、それを見たら愛さずにはいられない──ロールス・ロイスはそんな車なのだ。

工場をフル稼働しても生産できる台数は、ほぼ5日に1台。大量生産の自動車工場に比べたら、なんという贅沢なつくり方だろう。完成するまでに気の遠くなるような職人たちの作業の蓄積があることを知れば、高価格も実に理にかなったものだと納得できよう。

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この車のオーナーになるということは、類まれな伝統工芸、文化遺産を守るためのパトロネージュなのだという気さえする。

創業以来1世紀のあいだに生産された車のうち、なんと6割以上が現在も走行可能な状態にあるという。

イギリスには「ロールス・ロイス エンスージアスツ・クラブ」があり、ときおり開かれる会合には、オーナーたちが自ら歴代のロールス・ロイスを運転して集まる。彼らはまるで愛馬や愛犬と付き合うかのように、車との付き合いを愉しんでいる。

時の経過とともに風格と味わいを増し、生涯を通して乗り続けられる車。イギリスの歴史と文化の豊かさを集約したような優雅な車、それがロールス・ロイスなのだ。