会田誠×八谷和彦×小谷元彦

 

  『アートの仕事』出版記念トーク・セッション

 

                                                                                                        

 

 

                                                                       

                                                                   

                                                   前ページへ  2/2

『アートの仕事』を読んで

ガンダム展に参加した理由

――『アートの仕事』のお互いのパートを読んで、どういう感想をお持ちになったか、うかがえますか? 会田さんから。
会田 ちょっと待って! そういうの振るの、しっかりしたもん順にしようよ。
――わかりました。お兄さん順じゃなくて、しっかりしたもん順で。じゃ、八谷さんから。
八谷 会田くんと池松(江美)さんと藤城(里香)さんと、3人で話しているところが面白かったですね。会田くん、この本のなかで、本当はあんまり雑誌とかに出たくないって言ってるけど、インタヴューもよく受けてるじゃない?
会田 仕事は、基本は「断らない」。断ったのって、ガンダム展がほとんど初めてくらいだよ。
八谷 断ったの?
会田 2回断った。最初は飲み会で、東谷(ガンダム展のキュレイター、東谷隆司さん)に「ガンダム展やるんだけど、どう?」くらいの軽いノリで聞かれて。もう言下に「ダメダメ。ガンダム見てないから」って断って。2回目も断って、3回目で受けたんだけど。めったに仕事は断らないんだけどね。
八谷 3回目で引き受けた理由は?
会田 参加メンバーを見たら、入りたくなった。僕よりちょっと若いのが多かったじゃない。そういうのってね、40になった人間としては、仲間になりたいなって。年寄りと仲間にされるのは嫌だけど、若い人とは仲間になりたいんですよ。
八谷 小谷くんのインタヴューで面白かったのは、小谷くんの作品と京都の環境との関わりはあまり知らなかったから、すごく面白かった。
会田 小谷くんと京都の関係は、俺も言いたかったんだよ……(つぶやくように)。
八谷 あと、今、思い出したんですけど、この本に収録されているレクチャーのときに、小谷くんの〈アメーバ〉(60〜70年代に撮影された超能力実験の記録映像が発見された、という設定でつくられた作品。DVD『SOUND×VISIONS 2004』に収録)という映像作品を見せてもらったんですよね。ちょうどその頃、ガンダム展の作品のプランニングをしないといけない時期だったんだけど、あの映像の刷り込みがあって、超能力実験をお客さんにやってもらったら面白いんじゃないかと思ったんです。だから〈サイコミュ〉は小谷くんの作品から影響を受けてるんですよ。
小谷 えっ、マジですか。それは嬉しいな。

京都の人にはかなわない
――では、小谷さんは、会田さん、八谷さんのパートを読んで、いかがでしたか?
小谷 会田さんがインタヴューで、たとえばダミアン・ハーストの牛〈引き裂かれた母と子〉にしても、パッとイメージが浮かんで、「こんなのができたら、すごい!」ってまず絵が浮かんでつくってるんじゃないかと言ってますけど、それは真理だと思うんですよね。美術作品って、まずパッとイメージが頭に浮かぶ瞬間があって、で、それって絶対に自分がふだんから考えていることと論理的にもつながってると思うんです。僕もそれはずっと思ってたから、会田さんのインタヴューを読みながら同意をしてましたね。それから八谷さんは、美術作品をつくることで人間性を磨いていくという話をされてますが、それは、僕もずっと思ってますね……。
会田 それだけは俺は思わないね!
八谷 僕、確かにそう思ってるんだけど、自分でも読んでて、ちょっと恥ずかしくなった(笑)。
小谷 僕は学生のときなんて、もっとトゲトゲしてたし、それを考えれば、今、こんな感じになって、だいぶまろやかな感じになってきたなと思います。
――じゃあ、あの、えっと……。
会田 一番ダメな……。
――はい、会田さん、お願いします(笑)。
会田 僕は、結構、出身地とかを気にするほうでして、新潟出身のコンプレックスがあるんですよね。やっぱり新潟の人間から見ると、京都の人間が一番怖いっていうか、とくに美術とか文化に関わるとねえ、京都の人にはかなわないという、ひがみがあって。僕は、仏像がいいなんて思ったのは、芸大の古美研(東京芸大では、3年生の秋に、京都・奈良への古美術研究旅行がある)で行ったときが初めてだからね。小谷くんなんて古美研のときは「もう知ってるよ」って思って見てたんでしょ? 僕は22でやっと京都や奈良のお寺なんかを見たんだけど、小谷くんは小さいときから見てたんだなあと思いましたね。羨ましいですよね。子供の頃から仏像を見てたなんて。そう考えると、八谷くんが、メーヴェを飛ばそうとするのは、九州男児のロマンなのかなと。
八谷 僕は佐賀県なんですけど、佐賀では、熱気球大会があるんですよ(1980年より開催されている「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」。毎年秋に開催され、佐賀県でもっとも人気のあるお祭り)。気球が飛んでるのを見てたのは、〈オープンスカイ〉に影響してるかもしれない。
会田 俺はね、京都に対してはコンプレックスがあってね。百姓根性だね。
八谷 でも、会田くんちは農家じゃないでしょ。大学の先生でしょ。
会田 でも、3代遡れば農家ですから。
八谷 3代遡れば、ほとんどみんな農家じゃない。
会田 いや、寺に管理された家系図があってね、この家はこの田んぼって決まってるようなディープな百姓なんですよ! だから僕なんかはね、下手に、小谷くんみたいにカッコいいのは、目指さないほうがいいんだろうね。やっぱり、小谷くんは尾形光琳って感じがするよね。僕もほら、ちょっと光琳みたいなこと(〈群娘図'97〉は、光琳〈燕子花図屏風〉を下敷きにしている)をやったりしてるけど、やっぱりダサいもんね。

聞いてみたいこと

求心力と遠心力

八谷 小谷くんに聞いてみたいのは、同じ芸大ってことで、会田くんのことはどう思ってるのかを聞きたいですね。
小谷 「まだ遠いなあ」って思いますよ、正直な感想を言えば。
会田 (疑わしい……という顔で小谷さんを見る)。
八谷 「ヴェネツィア・ビエンナーレまで出といて、それはないだろ!」って。
小谷 いやいやいや(笑)。
会田 僕の同級生とか、いまだに全然芽が出ないヤツがいるのを見れば、ラッキーだと思うけどさ、シュシュシュッと俊足で僕なんかをどんどん追い越していった人たちのひとりが、小谷くんだよね……。
小谷 いやいや。「一作家として」ですよ。日本人の作家って、求心力と遠心力の両方が備わってないといけないって考えてるんですね。会田さんはそれをやってると思うんですよ。
八谷 会田くんはそういうこと、あんまり考えてないと思うよ。
小谷 でも、結果として、そうなってると思んですよね。見る人に届けるための遠心力と、美術というジャンルへの求心力の両方を兼ね備えた作品をつくっていて、どんな表現スタイルであれ、すべてに会田誠という作家の個性が生きていて。僕はこれまでおもに遠心力で仕事をしてきて、これからは中心を掘っていかないといけないと思ってるんです。

子供が生まれて作風が変わった?

八谷 会田くんに聞いてみたいことは、僕は子供ができてから、独身の頃のような作品がつくれないような気がしてるんですけど、そういうのって会田くんはありますか? 
会田 八谷くんとか小沢剛とかは、子供ができてから根本的に考えを改めたようなことを言ってるじゃない? 八谷くんはこの本でも語ってるけど。でも俺は、そうは答えられなくてね。うちは男の子だからかもしれないけど。俺は今のところ、変化はないと答えているんだけど。あるとしたら、気づかないようなところで、じんわりとあるのかもしれない。
小谷 会田さんは、でも、そうだと思いますよ。僕、こういうイヴェントに出るのが苦手なので、気持ちを落ち着けようと思って、ここに来るまでずっと『I am Sam』のサウンドトラックを聴きながら来たんですけど、ショーン・ペンが廊下を走ってきて階段で思いっきりコケるシーンがあるじゃないですか。あのシーン、何回見ても笑ってしまうんです。真剣に演技してるんですけど、「ショーン・ペン、それはないわ」って思うくらい、がっつりコケるじゃないですか。あの姿が、僕のなかでは、会田さんとかぶってるんですね。
会田 それはアレかな、俺が子供のままで子供をつくっちゃったのが、みっともない、ってことを言ってるのかな?
小谷 いやいや、そういう意味ではないです(笑)。作品ヘ向う態度みたいなものです。会田さんは、父親になっても変わらない人だと思うんですよね。
会田 自分でも父性が芽生えてるのかどうか、わからないもんね。
八谷 寅次郎くんが生まれてすぐに親子3人展をやったじゃない。あれはネタって感じだったの?
会田 まあね、苦肉の策……。あれって個展のはずたったんだっけ? ああ、そう。藤城先生が首を縦に振ってる。
八谷 寅次郎くんの作品もあるから、「わ、パパって感じだ」って思ったんだけど。
会田 でも、寅次郎が何か楽しくやってるわけでもなかったし、なんか、わざとらしくて、ひねくれた親子3人展っていうのができないかなと思って。こういうのは1回しかできないし。
小谷 八谷さんは子供が生まれてから、どう変わったんですか?
八谷 性欲がなくなった。
会田 立会い出産やっちゃったんじゃない?
八谷 やったけど、それと関係あるかどうかはわからない。以前だったら、若い女の子が歩いているのを見ると「かわいい」とか「足が綺麗」とか、そういうことを思ったのに、今は、「よくぞここまで無事に育って……よかったね、ううっ(涙)」って感じで、父親視点なんですよ。全然知らない女の子でも。
会田 子供、何歳?
八谷 1歳。
会田 その頃はそうだけど、また、普通に戻るよ。
八谷 今は父親モードで普通じゃないという自覚もあるんけど、子供が生まれる以前の自分に戻れるか、わからない。
会田 ガキなんか、そのうち生意気とか言うようになるから、また普通に戻るよ。ところで、小谷くんは独身……のつもりですか? 
八谷 つもりって(笑)。
会田 独身主義者ですか?
小谷 いや、別にそういうわけでもないんですけど。
会田 そうか、わかった。……小谷くんに、もっと何かいい質問しないとな。困ったな。
八谷 無理しないで。
会田 うん、無理させないで。

会場からの質問タイム

ハッピーじゃなくても、芸術はいいんじゃないか

――(観客)仕事をしたくないときってありますか?
会田 エブリデイ。
――(観客)さっきまではノリノリだったのに、急に「つくりたくない!」とかは?
小谷 八谷さんは、そういうこと、あんまりないんじゃないですか?
八谷 自分のアーティストとしての仕事では、あんまりないですね。ただ、僕の場合は、ペットワークスという会社もやっているので、会社の業務ではたまに辛いこともあったりしますけど。会田くんはエブリデイ?
会田 基本的には、イヤですね。ツラいですね。
八谷 絵を描く人は、絵を描いてて楽しいのかと思ってた。
会田 まともな絵描きはそうなんだろうけど。僕は、最初のアイデアが出た瞬間がマックスに嬉しくて、「やった! とった!」って感じで、あとは発表の日に向かってヒューッと一直線に下降していくという。展覧会の初日が最低で、「ああ、これで俺も終わったか。ガクッ」っていう、まあ、そういう感じです。ただ、必ずしも、つくり手がハッピーじゃなくても、ハッピーであってもいいけど、ハッピーでなくても、芸術っつうのはいいんじゃないかな、と思いますけどね。日曜日に趣味でやるほうが喜びは大きいんだろうけど、そういうのは作品としては、逆に強くならないこともあるんじゃないのかな。
小谷 僕も同じですね。アイデアが浮かんだときくらいですね、嬉しいのは。で、あとは、もうずっと下火ですね。どんどん嫌になってくる感じで。展覧会の前日なんて最悪にローですね。「会場から取り出したい!」みたいな感じで。で、当日になって、ちょっと褒められたりすると、嬉しいじゃないですか。そういうときって、いいことしか聴こえてこないので、そのときにかろうじてピンと跳ね上がるんですよ。で、またその後はローが続くんです。もしも、日曜画家みたいな感じで、自分の楽しみとして彫刻をつくってたらどんなに楽しかったんやろうって思うときもあります。でも、「発表する」という責任がある以上は、つくることが楽しいとかは、思えなくなったんですよね。
八谷 僕の作品って機能があるから、できあがるまで最終的にどうなるかわからないんですよ。自分の予想を超えるときもダメなときも、当然あるんですけど、最後までわからないから、発表の日に向かってつくれたりする。けど、絵とか彫刻だと、最初に頭のなかにパッと浮かんだイメージが、ひょっとすると最高なのかもしれない。
小谷 そうですね。浮かんだイメージをどれだけ実現できるかという、あとは作業的な問題になっていくので、そうならざるを得ないんじゃないかなと。楽しいことと言えば、彫刻だったら、チェーンソーとかいじってるときは楽しいんですよ。喜びすぎて、いらんとこ削ったりもするんですけど。それくらいですよ、楽しいことって。ほとんどローですね。つくってる途中で客観的に見えてきて、自分の作品がどうしようもない悪魔の赤ちゃんのように見えてくると気がありますしね。
会田 僕も、〈ザク〉を描いてるときは途中で逃げたかったな……。

人生に対する挑戦かな、と
――(観客)作品をつくることは、趣味とみなされているのか、仕事とみなされているのか、お聞きしたいんですが。
八谷 僕は仕事です。お金がどうとかではなくて、これを24時間の中心に据える、という意味でもそうだし、さっきの子供が生まれてって話と関係してるんですけど、作品のことを自分の子供だと思っていたので、本当の子供が生まれたら、そう思えなくなるんじゃないかって、ちょっと恐れているみたいなこともあったりして。ともあれ、作品を制作することは、趣味ではなく、仕事ととらえてやってます。
会田 僕は、それはどっちかとかはわからないけど、毎日の制作がツラいじゃない。「逃げたい!」っていうときに、自分を納得させるために、「お前は、趣味をやって、それで稼げてるんだから、ラッキーじゃないか!」と自分に言い聞かせることはよくありますね。「中学とか高校の頃を思い出せよ。見たくもない教科書を見せられて、一日中、机に座らせられて、あんときに、絵を描きたい!って思ってたじゃないか。放課後、家に帰ってやっと漫画とか描いたりして嬉しかった頃のことを思い出せよ。あれが24時間できるんだから、ラッキーじゃないか!」って。
八谷 このへん(肩のあたりを指して)から、もうひとりの自分に語りかけられてるんだ。
会田 そう。そうやって、自分を納得させようとして「仕事」を「趣味」だと思おうとすることは、よくあるね。
小谷 それはわかる気がしますね。僕も仕事か趣味かは判別してないんですけど、どちらかと言えば、うそ臭い言葉に聴こえるかもしれないけど、「挑戦」かなと。人生に対する挑戦ですね。自分にどれだけのことができるのか……アレッ? 引いてる? 
会田 挑戦とか、魂を磨くとかさ、キミたちは、いいこと言うよね。

参考にした作品から、どれだけ積み上げるか
――(観客)オリジナルとパクリの問題なんですが、会田さんは、この本の中でも語ってらっしゃるように、つくり手同士がパクリあってもオーケーという考えですか?
会田 まあ、簡単に言えば、そうですね。
八谷 僕の場合は、〈オープンスカイ〉だと、元はメーヴェっていうのがあるわけですから、「完全なオリジナルです」っていう気は全然ない。けど、アニメやコミックのものを現実のものとしてちゃんと機能を持たせてつくるっていう意味で、元からかなり離れていると思うのでオッケーだろうと思っていて。あと、実は非公式には一番最初に一応許可をもらいに行ってはいるんです。一般論としては何でもNGだとは思わないし、逆に、今の世のなかで、完全にオリジナルなものをつくること自体が難しいと思うので。でも、参考にしたものと、つくったものの距離があまりに近かったりするとよくないと思うし、あるいは、それによって元の作者の人が不快になるとか、ファンが嫌な思いをする状況だと、やっぱりNGだと思う、というのが自分の見解ですね。結局は、ケース・バイ・ケースですね。参考にした作品から、新しいことをどれだけ積み上げているか。元の作品に対しての尊敬があるかってことによって違ってくる。それってやっぱり見た人が判断すると思うんですよ。
小谷 同じ時代に生きて表現している以上、同時多発的に似たような表現が出てくるのは、避けられないと思ってるんですよね。同じようなものに影響を受けて暮らしているわけだし、手に入る素材にしても、今の時代、世界中で、そんなに違うはずがない。だから、そこらへんは、やったもん勝ちというか、できるだけ早く、どれだけいいものをつくるか、つくったもん勝ちなところはあると思ってます。ただ、パクリの問題って難しいですよね。パクって面白いものもありますもんね。
八谷 積み上がってたらいいと思うんですよ。なかにはひどいものがあるから、パクっておいて劣化させてどうする !? とは思います。
小谷 たまにPVとか見てても、洋モノをそのまま日本でつくってるのとかあって、あまりにも露骨だと嫌な気はしますよね。
八谷 見た人が嫌な気持ちになるかどうかっていうのが、基準かもしれない。

アート/デザイン
――(観客)私はグラフィック・デザイナーなんですが、先輩に「お前はアーティストじゃないんだから」ってよく言われるんですけど、アートとデザインの区別がいまだによくわからないところがあって。3人は、アートとデザインの区別をどのように考えてらっしゃるんでしょうか?
会田 学生時代につきあってた彼女がデザイン科だったんです。酒飲みながらデザインとアートについて議論してケンカになったりして、それがきっかけで〈デザイン〉という、スペース・シャトルが爆発している絵を描いたんですけど、なぜ、どういう議論からその絵になったのか、ちょっと思い出せないんですが。とにかくその頃から、デザインVSアートってことは気になってはいたんです。僕はアート側だと思うけど、こちら側からすると、デザインは、羨ましいことがいろいろあって。
八谷 どういうところが羨ましい? 
会田 最初から、社会性のある存在だってことかな。この問題は、八谷くんに答えてもらおう!
八谷 僕は意図的に、デザインとアートの中間のような仕事を多めにやってるつもりです。それは、僕が大学で勉強したのがデザインだってこともあるんですけど。ただ、デザインとアートの一番大きな区分は、「誰のお金でそれをやっているのか」ってことだと思うんです。デザインってたいていはクライアントがいて、他者からの依頼で何かをやることが多い。一方、アーティストは、ガンダム展みたいにきっかけは依頼されてつくることもありますけど、何をつくるかは自分で考えるわけで、「自分がこれをつくりたいから、つくる」ということでスタートする。「お前はアーティストじゃないんだ」っていう人の立場としては、「クライアントがいるんだから、その人たちのことを考えて行動しろ」ってことだと思うんです。僕、今、銀座のシャネルのファサードのアニメーションの仕事をやってるんですけど、それは僕の名前もほとんど出してないですし、かなりデザイン寄りの仕事なんですね。それはシャネルの社長さんがすごくいい人なんで、その人が喜ぶようにつくろうと思ってやってます。
小谷 僕も似た感じを持ってますね。PVを途中まで撮って、やめたことがあるんですけど、デザインの場合は、ターゲットがあらかじめ想定されていて、喜ばれてなんぼ、伝わってなんぼっていう感じがあります。美術の仕事って、ターゲットのことを、つくってる側が、あんまり想定してるわけじゃないんです。僕はとくに、ですけど。デザインの仕事は、つねに受け手があると思うんですよね。映像でこれまでに自分でも最高傑作ができたなと思ったのって、知り合いの結婚式で上映するためにつくったヴィデオや友達の40歳の誕生日パーティ・ヴィデオが一番よかったりするんですよ。すごく喜んでもらえて。
八谷 そんなのやるの?
小谷 やりますやります、無償ですけどね。だけど、そういうのをやったときに、ドン!と喜んでもらえると、嬉しくて仕方なくて。だけど「アートのとき、全然、喜ばれない!」みたいなギャップがありますね。やっぱり、嬉しいんですよね、喜ばれると。デザインの仕事って、つねにそういう「祝福されるために生まれてきたもの」という側面があると思うんですよ。ターゲットのレンジが設定されてるかされてないかっていうのは、大きい気がします。
八谷 もし、小谷くんの好きなミュージシャンで、小谷くんの作品のこともよく知ってて、お任せで撮ってほしいっていう依頼があったら?
小谷 そりゃ、やりますよ。
八谷 ビョークのPVつくりたいって書いてなかったっけ?
小谷 ビョークじゃなくて……。
会田 林檎さんだ!
小谷 椎名林檎が好きだっていうのもあるんですけど、アイデアがあるんですよね。よっぽど制約がきつくなければ、いいんですけど。制約があってこそ、いいものをつくれるのが、デザインの世界なんだろうなとは思うんですけど、僕はたぶん、そういうのができないんですよ。ついつい嫌われるような作品をつくりたくなる(苦笑)。

アナログあってこそのデジタル
――(観客)小谷さんにお聞きしたいんですが、先ほど、デジタルをやるならアナログもやらなきゃ意味がない、とおっしゃってましたが、そのお考えをもう少しうかがえますか?
小谷 確かにデジタルだけでつくってる作品で、すごいものもあるんですよ。たとえば、オウテカの「Grantz Graf」というPVで、3Dアニメーションでつくられているのがあって、本当にすごいんです。これは絶対にデジタルじゃないとできないという表現なんですけど、僕なんかは、アナログからデジタルへの過渡期で育った世代だから、どちらかというと、すべてデジタルでできあがっているものよりも、アナログの積み重ねがあるものが好きなんですね。たとえば、映画『セブン』のタイトル・シークエンスでも、あれがなぜ、よく見えるかと言えば、もちろんデジタル技術も使ってるんですけど、アナログの積み重ねがあるからなんですよね。ジョン・ドゥのブックを、ものすごいボリュームでつくってるじゃないですか。ああいうのを見てしまうと、アナログの蓄積を最後にデジタルに変換することが、いかに強いかっていうのを、感じてしまうんですよね。僕なんかは、ああいうのにグッときてしまう習性が残っていて。いずれこういう感覚って滅びていくのかもしれないですけど、僕は、それを武器にするしかないんだろうなと思ってます。


                                        
(2005年12月10日 青山ブックセンター本店にて)

                                                     前ページへ  2/2

                               

会田誠さん、八谷和彦さん、小谷元彦さんに加え、

池松江美さん、小林孝亘さん、都築響一さん、

グルーヴィジョンズ伊藤弘さん、MOTOKOさんによる

レクチャー&インタヴューを収録した『アートの仕事』

詳細は『アートの仕事』のページをご覧ください。

 

     

 

                                                        

 

 


レクチャー・ブック004『アートの仕事』のページに戻る